• 新収益認識基準

2020.08.07

対応プロジェクトで直面する課題「変動対価」~待ったなしの新収益認識基準対応

2020.08.07

前回、前々回と新収益認識基準の適用指針の『[設例 6-1] インストール・サービス』を題材に、「独立販売価格」についての「難所」について見てきました。

今回は、多くの業種・会社で会計処理に大きな影響を与える可能性があるとされている「変動対価」について、新収益認識基準対応プロジェクトで直面する課題について見ていきます。

1.「変動対価」とは?

顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分を「変動対価」という。と定義されています(新収益認識基準第50項)。

また、変動対価が含まれる取引の具体例として、値引き、リベート、返金やインセンティブ、業績に基づく割増金、ペナルティー等や、返品権付の販売等が適用指針に示されています(新収益認識基準の適用指針第23項)。

適用指針の具体例を見ると、「変動対価」に該当する可能性のある取引のイメージが少しは湧くのではないかと思われますが、それと同時に、これらの取引は、金額や頻度にこそ差はあれ、世の中の多くの会社で行われている取引だな、あるいは自社で行っている取引も該当する可能性があるなと感じられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

2.「変動対価」が会計に与える影響とは?

IFRS適用会社や新収益認識会計基準の早期適用会社が存在するため 、「変動対価」が会計に与える影響については、まずは実例に触れてみることが早いかと思います。

下記は、株式会社ニコンの有価証券報告書(2020年3月期)の注記の抜粋です。株式会社ニコンはIFRS適用会社ですが、上述の適用指針で示されている「変動対価」の具体例のキーワードがいくつか含まれていることが分かります。

②取引価格の算定
 当社グループは、履行義務を充足した時、または、充足するにつれて、当該履行義務に配分した取引価格に基づき収益を認識します。取引価格には、固定金額、変動金額、または、その両方が含まれる場合があります。取引価格の算定にあたっては、契約の内容により、当社グループが顧客により約束された対価の性質、時期及び金額等、契約の条件および自らの取引慣行を考慮して、顧客との契約において約束された対価の金額が変動するものがあります。

 対価の金額が変動する主な取引は、販売数量や販売金額に基づくリベートや値引き、返品権付き製品販売や顧客が当社グループ製品の販売のためエンドユーザーへ提供する販売促進等の費用になります。これらの変動対価の見積りは、収益から控除しております。

 販売数量や販売金額に基づくリベートや値引きの見積りは、過去の実績などに基づいた最頻値法を用いて、認識した収益の累計額の重大な戻入が生じない可能性が非常に高い範囲でのみ認識しております。

 返品権付き製品販売については、返金負債を過去の実績等を考慮して見積り、収益から控除しております。返金負債の決済時に顧客から製品を回収する権利について、当該製品の従前の帳簿価額から当該製品の回収のための予想コストを控除した額を参照して、資産として認識しています。

 顧客が当社グループ製品の販売のためエンドユーザーへ提供する販売促進等の費用については、当社グループが顧客へ当該費用の支払いを行い、かつ、その公正価値を合理的に見積もれない場合は、その対価を収益から控除しております。

上記の株式会社ニコンの実例を見ると、「変動対価」の見積りを行い、その見積金額を収益(売上)から控除している会計処理をしていることが読み取れるかと思います。

また、これまでの会計実務では、返品権付の販売取引は「返品調整引当金」を計上することで費用として処理する会計処理が広く行われてきましたが、新収益認識基準では、返品権付の販売は対価が変動する取引として、返品が見込まれる対価を除いて収益を認識するものとされています。

このように「変動対価」はこれまでの収益項目の金額に影響を及ぼすだけでなく、費用項目として処理していたものが収益の控除項目として処理されるようになるといった影響が生じることとなります。

3.「変動対価」に関する新収益認識基準対応プロジェクトにおけるポイントとは?

「変動対価」が含まれる取引については、現行の会計実務への影響がある可能性がある点はご認識していただけたかと思います。

では、限られた時間の制約がある中で、新収益認識基準対応プロジェクトを進めるにあたって、どのようなことに留意すればよいかについて考えていきたいと思います。

大きく分けて、「変動対価」については以下の検討プロセスが必要となると考えられます。各々で特に留意が必要な点について見ていきたいと思います。


①「変動対価」の対象となる取引の検討
②「変動対価」の見積り方法や使用するデータの検討
③「変動対価」の運用方法の検討

①「変動対価」の対象となる取引の検討
他の論点も同様ではあるのですが、まずは該当する取引の検討を行うことが出発点となります。

「変動対価」について留意する点として、「変動対価」は契約書等の契約条件に示されない場合(取引慣行や方針、意図等)もあるとされています(新収益認識基準の適用指針第24項)。つまり、契約書の内容だけ検討し整理すればよいというものではなく、取引実態も含めて検討する必要があるということを会計基準は要請しています。

実際に顧客と接点のある部門(営業部門など)の方々にヒアリングを行うと、契約書では●●と記載されているが、実際は▲▲を行っている、取引慣行では■■を行っている等、想定していない取引や条件が数多く洗い出されることがよくあります。

新基準適用までに時間的な制約がある中で、新基準についてある程度の情報を持っている経理部門のみで簡潔に作業を進めたいという状況は十分に理解できますが、取引実態を把握しないことには、後々の監査法人との協議で作業のやり直しとなってしまう可能性が高まりますので、経理部門以外の方々との連携が必要となる点は留意が必要です。

また、「変動対価」は会社の収益に直接影響する論点であり、各部門の業績評価にも影響を及ぼす可能性があることから、経理部門が主導して各部門との連携を図ることが肝要となります。

②「変動対価」の見積り方法や使用するデータの検討
「変動対価」の金額については見積りが必要となる点は上述の通りですが、新基準においては、発生し得ると考えられる対価の額における最も可能性の高い単一の金額(最頻値)による方法又は発生し得ると考えられる対価の額を確率で加重平均した金額(期待値)による方法のいずれかのうち、企業が権利を得ることとなる対価の額をより適切に予測できる方法を用いるとされています(新収益認識基準第51項)。

これについては、どの方法を採用するかは各社で行っている取引内容や条件で異なるところではありますが、見積り方法の選択と並行して、時間的な制約がある状況においては、会社が保有している見積りに使用可能なデータを把握、検討することが重要となります。

本来は、新基準に定めのあるように、「変動対価」の額を適切に予測できる方法を検討し、そのためのデータを収集、必要に応じてシステム改修といったプロセスを踏むことが望ましいのですが、新基準の適用時期が迫る状況下では、使用できるデータから逆算で見積方法を検討する現実的なアプローチも視野に入れることが肝要となると思われます。

③「変動対価」の運用方法の検討

上記①および②について、ある程度の検討が進んだところで、自社での方針案を決定し、監査法人との協議に進みます。協議を経て、ある程度方向性が見えてきたところで、「変動対価」の見積りやそれを反映した売上高の計上に関する内部統制や関連する文書化の見直しの要否の検討が必要となります。

また、税法との違いについても留意が必要となります。特に消費税については、「変動対価」の見積りを行うことが認められていません。そのため、会計上の「変動対価」を反映した売上と、消費税を計算するための課税売上が混在する可能性があります。消費税を会計システム上の売上計上額を用いて消費税額を計算している場合は、システム改修の要否の検討が必要となる点留意が必要となります。

次回は、影響度分析チェックリストやポジション・ペーパーなど、会社で作成するべきドキュメント類について取り上げ、新しい収益認識会計基準の適用に当たって、網羅性の検討や会計方針の決定までの流れについて見ていきます。


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