前回、多くの業種・会社で会計処理に大きな影響を与える可能性があるとされている「変動対価」について、新収益認識基準対応プロジェクトで直面する課題について見てきました。
今回は、新しい収益認識会計基準の適用に当たって、おさえておきたい実務対応について、影響度分析チェックリストやポジション・ペーパーなど会社が作成するべきドキュメント類を踏まえて見ていきます。
1.最低限おさえておきたい実務対応
新収益認識基準は、2021年4月1日以降開始する会計年度から強制適用となりますが、新収益認識基準を適用するに当っては、実施するべき多くの実務対応があります。
具体的には、会計方針の検討・策定、業務プロセスや情報システムの見直し、管理会計(業績評価)指標の改訂、決算業務(連結パッケージなど)への反映、有価証券報告書などの注記事項の検討、連結子会社への展開、J-SOXの対応、監査人との協議などです。ただし、これらの実務対応は、会社の規模や業種などによって程度の差があるかと思われます。
そこで連載の最終回にあたる今回、既に対応を進められている会社にとっても、これから対応を開始される会社にとっても、新収益認識基準の導入に当たって最低限おさえておきたい実務対応について、監査法人に共有すべき成果物の観点から見ていきます。
本連載の第1回目(待ったなしの新収益認識基準対応~いまから間に合わせる対応プロジェクト)でも触れたどのような会社でも不可欠となる実務対応は、大別すると以下の2点です。
- 新収益認識基準と現行の会計基準との差異の把握(見直し検討が必要な会計処理の有無の把握)
- 会計方針とその検討過程の文書化(見直し案をどのような思考過程で決定したかの説明)
1.新収益認識基準と現行の会計基準との差異の把握
これは自社の売上取引を類型化し、売上取引ごとに、新収益認識基準と現行の会計基準との差異を把握し、新収益認識基準を適用した場合の影響度を確認する作業です。
成果物としては、確認の結果を取り纏めた「影響度調査結果一覧」や「影響度分析チェックシート」などと呼ばれる資料になります。監査人側でフォーマットを用意していることもあります。この成果物を作成することにより、新収益認識基準の5ステップや重要となる論点ごとに、どのような影響があるのか「見える化」できるようになります。なお、この調査の結果、仮に現行の会計基準と差異がない取引しかなかったとしても、原則としてすべての取引を網羅する形で作成し、新収益認識基準における論点について網羅的に該当の有無について検討が実施されたことを監査人に示すことが望まれます。
また、この調査は、財務数値へのインパクトだけではなく、業務プロセス、ITシステム、売上に係る契約内容などに対して、どのような影響を及ぼすのか把握することにも役立ちますので、今後の実務対応の優先順位を付けることができます。
なお、この調査を進めるにあたって、自社のすべての商流を把握し、営業部門等へのヒアリング調査、契約書の閲覧、現行の会計処理の確認を行う必要がありますが、膨大な取引について適切に類型化することがその後の検討の効率化に資するため、事前に新しい収益認識に関する会計基準や適用指針について十分に理解しておくことが望まれます。時間もなく、自社内で新しい収益認識に関するノウハウもない場合は、専門家へ委託することが有用です。
2.新しい会計方針とその検討過程の文書化
この文書は一般に「ポジション・ペーパー」と言われ、新収益認識基準の適用に当って、検討成果を整理し、新たな会計方針として取り纏めたものです。
具体的な記載内容は、売上取引の概要(契約内容、商流、価格、役務提供時期、決済条件など)、会計処理の検討過程、新しい会計処理方法、会計処理に必要となる情報などです。
具体的な記載内容は、売上取引の概要(契約内容、商流、価格、役務提供時期、決済条件など)、会計処理の検討過程、新しい会計処理方法、会計処理に必要となる情報などです。
なお、文書化を進めるに当っては、新しい収益認識に関する会計基準や適用指針への十分な理解が求められますので、時間もなく、自社内で新しい収益認識に関するノウハウもない場合は、専門家へ委託することが有用です。
2.監査人協議という重要な実務対応プロセス
新収益認識基準に関する会計方針や会計処理方法については、監査人との協議が必要となりますが、その際、前述の「影響度調査チェックシート」や「ポジション・ペーパー」を根拠資料(検討結果)として説明することになります。そして、監査人との協議の結果を受けて、「ポジション・ペーパー」を更新していくことも考えられます。
新収益認識基準に関する会計方針や会計処理方法については、監査人との協議が必要となりますが、その際、前述の「影響度調査チェックシート」や「ポジション・ペーパー」を根拠資料(検討結果)として説明することになります。そして、監査人との協議の結果を受けて、「ポジション・ペーパー」を更新していくことも考えられます。
- 新収益認識基準を適用しても、現行の会計処理に影響がない
- 新収益認識基準を適用しても、重要性が乏しいため従前の会計処理を継続する
これらの場合、会社としては会計処理の変更は必要ない、と判断し、それ以上の実務対応の検討は不要となりますが、その一方で、監査人に対して「会計処理の変更は必要ない」という根拠資料(検討結果)を提示したうえで、判断根拠を説明することが求められます。
監査人といっても1名の担当者で完結するわけではなく、監査チームは複数名で構成され、さらに、監査法人内の顔も合わせたことがない審査担当も含めて、貴社の監査を担当している状況にあります。会社や取引について十分な予備知識を有しない審査担当から、直接弁明の場も設けられないままで自社の選択した会計処理について理解を得る必要があることを考えれば、「会計処理の変更の必要がない」ことについても十分な説明資料を作成し、これを現場チームに共有する必要があることはおわかりいただけると思います。
会社がこれらの説明の準備を行っていなかった場合は、監査人から会計処理の是非に関する判断を保留される、あるいは見解の相違が生じるなどにより、決算数値の修正や決算・開示の遅延を招く要因となります。
また、「会計処理の変更が必要である」と判断した場合であっても、本連載の第2回及び第3回でも触れたとおり、新収益認識基準の5ステップやすべての論点について新収益認識基準の規定に沿って網羅的に検討されたものであるかは重要であり、この点を、監査人に問われるケースもあります。その際も網羅的に検討した根拠資料(検討結果)を提示できなければ、同様の事態を招く要因となります。
したがって、新収益認識基準の影響がない会社においても、前述の「影響度調査チェックシート」や「ポジション・ペーパー」などの根拠資料(検討結果)をしっかりと作成したうえで、監査人との協議を十分に実施することが求められます。
3.結びにかえて
ここまで全6回に亘り、「待ったなしの新収益認識基準対応」と題して新収益認識基準への対応プロジェクトはどのようなものか、また、対応プロジェクトの過程でよくみられる課題としてどのようなものがあるのか、について見てきました。
対応プロジェクトの進め方についていたずらに悩むよりも、自社取引の実態把握、事実認定を丁寧に行う、採用する会計処理について悩む、監査人と理解を一にするための説明の場を設ける、あるいは、採用した会計処理を前提とした効率的な業務体制を検討する、など、前向きな形で残された時間を活用していただきたいとの思いから企画した連載であり、皆様の見通し改善の一助となれば幸いです。