M&Aを実行するにあたり、デューデリジェンスは非常に重要です。今回はデューデリジェンスについての基本事項と、デューデリジェンスの中でも特に重要な財務デューデリジェンスの内容に焦点を当てて解説していきます。
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デューデリジェンスとは |
デューデリジェンスとは
デューデリジェンスとは、企業実態を把握するためにM&Aの契約締結前に実施する調査のことです。デューデリジェンスを実施する目的は、買収の対象となる企業のリスクを含めた実態を適切に把握することにあります。
M&Aは企業の意思決定の中でも重要かつ金額的に大きなものとなるため、事前にリスクを把握しておかなければ適切な意思決定を行うことができません。また、デューデリジェンスを行った結果、リスクが想定以上の大きさなのであれば、買収自体を取りやめる決定がなされる場合もあり得ます。
デューデリジェンスの種類
デューデリジェンスには、6つの代表的な種類がありますので、それぞれ説明していきます。
財務デューデリジェンス
財務デューデリジェンスとは、対象企業が作成している財務諸表やそれを裏付けるKPIデータの適切性を確認する手続きです。財務諸表に現れない簿外負債や偶発債務の確認も財務デューデリジェンスの範囲となります。
ビジネスデューデリジェンス
ビジネスデューデリジェンスとは、対象企業のビジネスモデルとオペレーションの状況を理解したうえで、将来性や成長性を確認する手続きです。買収により得られる自社とのシナジー効果も、ビジネスデューデリジェンスの中で検証するケースが多いです。
労務デューデリジェンス
労務デューデリジェンスとは、労働関連の法規制に遵守状況や、買収後の人事労務政策上の懸念事項を確認する手続きです。例えば、きちんと労働者の時間管理を行っていること、未払残業代の有無、将来の人員体制や退職金を含む人件費の負担見通しなどのチェックを行います。
法務デューデリジェンス
法務デューデリジェンスとは、対象企業が適法に運営されていること、株主等の権利関係に問題がないことの他、締結している契約や許認可関係について、買収後の見通しを含めて確認する手続きです。対象企業の契約関係を把握することで、M&Aによる契約への影響や訴訟リスクなどを把握することができます。
税務デューデリジェンス
税務デューデリジェンスとは、対象企業の税務上の問題点を確認する手続きです。会社にとって負担の大きい法人税と消費税がスコープとなることが一般的です。各種届出、申告の実施状況、関連当事者との取引条件の適正性等、取引の内容を税務の観点から検討することで、今後の追徴課税リスクや是正すべき取引などを把握することができます。
ITデューデリジェンス
ITデューデリジェンスとは、対象企業のITシステム状況や内容を確認する手続きです。現行業務管理システムにかかる今後の更新投資の見通しや、買い手側のシステムへの統合の可否などを検討することもあります。また、ビジネスデューデリジェンスと重複しますが、技術力を売りにしているスタートアップ企業では、ITデューデリジェンスとして、スキルセットや実績を把握することで、エンジニア自身の能力を確認することもあります。
財務デューデリジェンスの重要性
以上、6つの代表的なデューデリジェンスの種類を説明してきましたが、最も重要なのは、財務デューデリジェンスです。なぜ、財務デューデリジェンスが最も重要となるのかを解説します。
対象企業評価の前提となる数字であるため
M&Aを行う場合、価値評価は対象企業の財政状態、経営成績、将来の事業計画、技術力、自社とのシナジーなど様々な要素がありますが、これらを総合的に表す指標は財務諸表における売上高や利益です。もし、対象企業の財務諸表に誤りがあった場合は、企業の価値評価も当然ながら誤ったものとなってしまいます。
架空資産、簿外負債、偶発債務のリスク把握
M&Aが失敗するケースとして、架空資産の存在や、巨額の簿外負債、偶発債務の健在化により、当初想定していなかった財政面での重すぎる負担を背負ってしまう場合があります。財務デューデリジェンスを行うことで、これらのリスクを低減させることができます。
基礎データの確認
財務デューデリジェンスの業務範囲は単に財務諸表が合っているかどうかを確認するだけではありません。顧客数、顧客単価、仕入数、仕入単価、など対象企業が管理している基礎データとの整合性の確認も業務範囲に入れることができます。
基礎データと売上等の関係性を把握することで、ビジネスデューデリジェンスによりシナジー効果をより適切に推定することや、事業計画の妥当性を評価することが可能となります。
財務デューデリジェンスの具体的な内容
財務デューデリジェンス(税務デューデリジェンス含む)の一般的な内容を解説していきます。
対象会社の財政状態、経営成績の精査
過去3年分程度の財務諸表や直近の残高試算表を精査することにより、対象企業の財政状態、経営成績を明らかにします。
財政状態については、会計上の誤りなどに関する必要な修正を加えた修正後純資産を算出します。修正後純資産は、買収する際にのれん算出の前提となる金額となるため、買収の意思決定に大きくかかわるものとなります。また、近年DCF法が企業価値評価手法として一般化してきたこともあり、現金預金のうち余剰部分と運転資本部分の切り分けや、運転資本の分析を通じた将来の資金需要の検討なども行う場合があります。
経営成績については、過去からの趨勢分析を行うとともに、大きな収益や費用の増減や異常な増減があった際は理由を調査します。異常な増減を除いた正常収益力を算出し、企業価値評価の基礎データとします。
管理体制の確認
顧問会計事務所の関与状況を含めた経理体制を確認し、財務デューデリジェンス時の依頼・質問方法を工夫するとともに、未適用の会計処理(例:新収益認識基準)や、ミスが生じ易い取引をあらかじめ想定することで効果的な調査を行うとともに、買収後の決算早期化等を含めた改善事項の関する助言を行います。
架空資産、簿外負債、偶発債務の確認
経営者インタビューやリスクが高いことが見込まれる取引を精査することにより、架空資産、簿外負債、関連当事者との不公正な取引(寄附金認定されるリスクの高い取引)などから生じる偶発債務の有無を確認します。調査の結果、問題が発見された場合には貸借対照表を修正し、実態純資産を正しい金額にします。
過去に企業再編がある場合は、どのような再編が行われたのかを確認し税務リスクの大きさを認識します。特に買収しグループ入りした子会社や、外部資本が入った子会社を含めて組織再編した場合や、グループ内の組織再編取引が頻繁にある場合は、慎重に検討を行う必要があります。
事業、地域、店舗等の区分別の調査
事業や、地域、店舗別等の区分で財務数値を分析することで、各区分の特性、トレンド、基礎データの動きと、それに関連する財務数値の状況がより分かりやすく把握できるようになります。このような分析をすることで、事業計画の検証時にも役立てることができます。
財務デューデリジェンスが必要な場面
財務デューデリジェンスが必要な場面はさまざまなケースがありますが、代表的な4つの場面を紹介していきます。
買収
財務デューデリジェンスが必要な最も一般的な場面は買収です。買収の経営意思決定前に、財務デューデリジェンスを行い、対象企業の財務状況を把握するとともに買収のリスクを確認します。財務デューデリジェンスの報告書は、取締役会など機関決定の際の上程資料に添付されるケースが多いです。
業務資本提携
買収以外のマイナー出資を行い際も財務デューデリジェンスが必要な場合があります。特に業務資本提携など、より深い付き合いをしていく際は必要性が高まります。買収とは異なり、負債を無制限に背負うことはないため、財務デューデリジェンスのスコープは買収時よりは狭いものとなります。
取引先への貸付
取引先へ多額の貸付を行うケースは、取引先が将来的に返済することができるかどうかを精査するために財務デューデリジェンスを実施する場合があります。取引先の財政状態をメインに確認し、正常収益力で借入金を返済することができるかという点を深く見ていきます。
将来の投資EXIT準備
売り手側のデューデリジェンスが行われる場合もあります。将来の投資EXITの際に、対象会社はデューデリジェンスを受けることが予想されますので、事前に自社の課題を把握・検討し、より他社から高い評価が得られ、売り易い状況を作り出すために、必要な改善を行うための材料とします。IPO準備会社における短期調査のM&A版とも言えます。
財務デューデリジェンスの進め方
財務デューデリジェンスの流れは4つのステップに分かれていますので、それぞれ説明していきます。
1. 業務範囲、スケジュールの決定
財務デューデリジェンスを開始する前に、案件の概要を確認し最適な業務範囲を決定します。財務デューデリジェンスは会計監査と異なり画一的な手続きではなく、依頼者のニーズに合ったオーダーメイドとなります。業務範囲が広ければ広いほど、専門家への報酬も比例して高くなります。また、M&Aの交渉状況に応じてスケジュールも設定し財務デューデリジェンスレポートの報告日も定めておきます。全て決まった段階で、専門家との業務委託契約を締結し、実際の業務へと進みます。
2. 依頼資料リスト
財務デューデリジェンス業務を受託した専門家は業務範囲に応じて、必要な依頼資料リストを作成します。売り手に依頼資料リストを渡し、売り手がリストに従い資料を準備することとなります。
3. 経営者や財務担当者へのインタビュー
専門家は受領した資料を元に財務分析を実施します。当然、資料だけを見ても分からない点が出てくるので経営者や財務担当者へのインタビューを行います。インタビューの結果によっては、更なる追加資料や調査の必要性が出てきます。
4. 財務デューデリジェンスレポート
最終的に専門家は財務デューデリジェンスレポートを作成し、依頼主である買い手に結果報告を行います。エグゼクティブサマリに重要事項の要約が記載され、詳細なデータや分析結果を載せる報告スタイルが一般的です。買い手は財務デューデリジェンスの結果を受けて、クロージングまでに改善を求める事項や、表明保証条項を株式譲渡契約書へ反映させたり、売り手と間で最終の株価の交渉を行ったりします。
まとめ
今回はデューデリジェンスの一般的な内容を説明してきました。デューデリジェンスの中でも重要度が高いものは財務デューデリジェンスです。土台となる基本数字に誤りがあれば、M&Aが成功するはずがありません。専門家からの財務デューデリジェンスを受けることでM&Aのリスクを適切に把握し、案件に対する理解をより深めることが大切です。
一方でデューデリジェンスは専門家に丸投げしてしまえば、良いものが出来上がるわけではなりません。買い手としてのニーズや重要と思っている点を伝え、財務デューデリジェンスのプロセスの中で、一緒に対象会社に対する理解を深めていく姿勢が大切です。頼れる専門家との連携を密にし、質の高い財務デューデリジェンスを受け、自らがM&Aを成功に導いていけるようにしましょう。