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2020.11.17

税務基準で作成された決算書に対し、財務デューデリを実施する際の主な論点

2020.11.17

中小企業が財務諸表を作成する際は、税務基準で作成される場合が多くなっています。税務基準とは、税務上の費用(損益)や収益(益金)として認められるか否か、損金や益金にしなければならないか、それともしなくてよいか、を基準に経理処理することを指します。

中小企業においては、経理処理の適否を判断する外部者が事実上税務当局のみであるため、このような経理処理が多く見られます。

しかし、税務基準は税務の目的に沿ったものであるため、企業の収益力や財政状態を必ずしも適切に示さないことが多々あります。

今回は税務基準で作成された決算書に対して、財務デューデリジェンスを実施する際、どのような論点があるのかを具体的に解説していきます。

目次

税務基準と会計基準が異なっている理由
税務基準の財務諸表を財務デューデリジェンスで修正が必要な理由
税務基準と会計基準で数字上の差異が出る例
  売掛金の回収可能性
  棚卸資産の滞留
  固定資産の時価評価、減損、減価償却計算の適切性
  保険積立金の時価評価(解約返戻金)
  引当金の適切性(賞与引当金、退職給付引当金、退職慰労引当金他)
  未計上負債(未払残業代他)の有無
  資産除去債務の計上の必要性
  ファイナンスリース該当の有無
  係争事件、後発事象の有無
  債務保証の有無
  経理体制、管理体制の適切性
  関連当事者取引、不合理な取引の有無
  収益認識基準の見直しの要否
まとめ

税務基準と会計基準が異なっている理由

税務は国や地方自治体が税金を客観的かつ公正に負担してもらえるよう計算の仕組みを法的に制度化したものです。一方で、会計は利害関係者(株主、債権者、取引先、投資家等)への企業の収益力や財政状態等の情報提供を目的として、ルールとして定められたものです。

例えば、税務基準では客観性が強く求められるため、例えばもはや売り物にならない古い在庫があっても、実際にその在庫を廃棄するまで損金として認められませんが、会計上は適切な財政状態と表すために、売り物にならないと判断された時点で評価減処理を行います。

また、税務基準では減価償却は限度額として定められているため、限度額のないであれば税務当局から否定されることはありません。したがって、業績が悪い期の減価償却費をゼロとすることも税務上は許容されます。しかし、会計基準では、当該固定資産を使用している限り、減価償却は当然に実施するべきものとされています。

上記のような違いが税務基準と会計基準の間にはあるため、資産・負債、収益・費用のさまざまな勘定科目にて、数期間にわたって差異が生じている可能性があります。

税務基準の財務諸表を財務デューデリジェンスで修正が必要な理由

ある企業を買収する意思決定を行う前には、ほとんどのケースで財務デューデリジェンスを実施します。

売り手側に意図的な粉飾決算が行われている可能性を感じる場合、あるいは管理レベルが低く経理データに不安がある場合はもちろんですが、そのような可能性、不安が特段感じられない場合であっても、対象企業の財務諸表が税務基準で作成されている場合には、実際の収益力や財政状態等を決算書が適切に反映していない可能性があるため、対象会社の会計方針をまずは確認するとともに、一見適切な会計方針が採用されているようであっても、実際の経理処理が正しいものになっているか、会計的な視点で調査し、必要に応じて決算書の修正を行う必要があります。

税務基準と会計基準で数字上の差異が出る例

税務と会計でどのような差異が生じるのかどうかにつき、勘定科目や論点ごとに解説していきます。

売掛金の回収可能性

税務上は過去の貸倒実績率を用いた貸倒引当金の設定は認められているものの、新たに回収に不安のある債権が生じた場合に債権者の主観だけで引当金を計上し損金とすることは認められておらず、法的整理に入るなどの客観的な事象が発生するまで、税務上は手当ができません。

このような債権の有無を把握するために、財務デューデリジェンスにて、売掛金の年齢調べ等を行うことにより、回収遅延の売掛金等を把握し、経済実態に合った貸倒引当金を計上することになります。

棚卸資産の滞留

税務上は滞留している商品等について、下記の形で評価損の計上が認められています。

  1. 季節商品で売れ残ったものについて、今後通常の価額では販売することができないことが既住の実績その他の事情に照らして明らかであること
  2. 用途がおおむね同様で、性能や品質等が著しく異なる新製品の販売により、当該商品につき今後通常の方法で販売することができなくなった

しかし、いずれの場合も合理的に税務当局に説明することの手間は膨大であることが予想され、また、その説明には主観が付きまとう以上、最終的に否認される可能性もあるため、中小企業では税務上商品評価損を計上することはまれであります。

実際に商品に滞留がある場合、企業実態に適切に表すためには値下げ等も含めた販売可能性を考慮して評価損を計上することになります。

固定資産の時価評価、減損、減価償却計算の適切性

損失を計上している事業にかかる固定資産については、将来当該事業から得られるキャッシュ・フローから簿価相当額の回収も見込めない場合があります。会計上は、このような場合、減損損失を計上しますが、税務上、減損会計は認められておりません。財務デューデリジェンスの調査においては、財政状態を明らかにするため、減損の兆候を把握し、適切に減損処理を行う必要があります。

また、固定資産の時価を長年把握していない場合は、多額の含み損が隠れている場合があります。減損が必要ない場合であっても、買収後のパーチェス・プライス・アロケーション(PPA)では、買収により取得した資産負債は時価評価することになるため、不動産等、時価が明らかにしやすい資産については、あらかじめ財務デューデリジェンスにて調査が望まれます。

保険積立金の時価評価(解約返戻金)

税務基準の財務諸表上、保険積立金の金額は積立額のまま貸借対照表に計上されていることが一般的です。買収後のPPAでは、対象企業の資産・負債を時価評価することとなっていますので、保険積立金も時価評価が必要です。

引当金の適切性(賞与引当金、退職給付引当金、退職慰労引当金他)

税務基準で財務諸表を作成する場合、賞与引当金や退職給付引当金といった引当金を計上することはありません。税務では「債務確定主義」が損金の原則的な要件であるため、債務が確定した決算期にのみ費用(損金)計上されます。

他方、買収しようとしている企業においてこれまでの勤務に対して賞与や退職金の支払が見込まれているならば、これらを反映しないと企業の財政状態を適切に表しているとは言えないでしょう。財務デューデリジェンスの実施により、会計基準に照らして適切な引当金計上する必要があります。

未計上負債(未払残業代他)の有無

財務諸表に未払残業代などの未計上負債が計上されていない場合、簿外負債や偶発債務として残っているケースがあります。スタートアップ企業などでは管理体制はしっかりしておらず、対象会社の経営陣が認識していないまま未払残業代などが発生している可能性があります。法務あるいは労務のデューデリジェンスと連携し、未計上負債の有無は、会計上しっかりと確認する必要があります。

資産除去債務の計上の必要性

資産除去債務とは、有形固定資産の除去に伴い発生する法令上の義務として必要な修復や撤去にかかる費用のことです。税務基準では資産除去債務は認められていません。すなわち会計上資産除去債務を計上し費用計上したとしても、損金不算入として税務上は調整されることとなります。

多額の有形固定資産を有しており、資産除去債務が重要と考えられる場合、会計基準に従って資産除去債務を計上する修正を行う必要があります。

ファイナンスリース該当の有無

税法上もリース取引は一定の条件を満たすものは売買処理されることとなっています。しかし、一般的に中小企業の財務諸表では厳密に契約条件からリース取引を分類することはせず、オペレーティングリース取引として賃貸借処理することが多くなっています。

ファイナンスリース取引がある場合、経済実態としては売買処理を行いリース資産とリース負債を両建て計上する処理が正しいものとなります。固定資産や有利子負債の金額を正しく把握するため、ファイナンスリースがある場合で賃貸借処理を行っているケースでは財務諸表の修正が必要となります。

係争事件、後発事象の有無

係争事件や後発事象があった場合でも、税務基準による財務諸表では特段会計処理を行うことはありません。税法は、「債務確定主義」を取っているため、まだ損失が確定していない場合は費用計上することができないためです。一方、会計基準では係争事件や後発事象があり、重要性がある場合には、損失額の見積もり計上を行う、あるいは財務デューデリジェンスのレポートにおいて当該情報の提供を行うことになります。

なお、係争事件に関しては特に、法務デューデリジェンスでも調査の対象となることが一般的であり、法務デューデリジェンスと財務デューデリジェンスの適切な連携により、リスクが高い場合には深く調査されることとなります。

債務保証の有無

税務基準で作成された財務諸表だけを確認するだけでは、対象企業に債務保証があったとしても見つけることはできません。財務デューデリジェンスにて、債務保証の有無を網羅的に確認し、債務保証の履行の可能性を見積もり、必要に応じて引当計上やリスク認識します。

経理体制、管理体制の適切性

経理体制や、管理体制については、特定の勘定科目だけでなく全般的な財務諸表の信頼性に影響を及ぼす事項です。仮にチェック体制や貴重品の管理などがずさんな場合、数字を信頼できるかどうかについて、重要な懸念が生じます。財務デューデリジェンスでは、単なる数字のチェックに終わらず、内部統制面も複眼的に確認することにより、隠れている重要なリスクをあぶり出します。

関連当事者取引、不合理な取引の有無

関連当事者取引による取引があった場合、会社の正常収益力を把握する目的と税務リスクを把握する目的から、当該取引の条件や決済等の状況を把握する必要があります。例えば、社長や役員との取引が多数あり、不当に会社の利益が圧縮されている場合には、正常収益力を図るうえでは考慮する必要があります。

また、当該取引の条件に経済合理性がない場合には、役員賞与に認定され役員報酬の定期同額給与が認められない恐れや、源泉徴収義務の有無など検討する必要があります。

収益認識基準の見直しの要否

税務上は、売上を総額で計上しても、原価との純額で計上しても問題視されることはあまりなく、収益の早期計上は問題とされることもほぼありません。また、中小企業では税込処理で売上計上されていることもあります。

しかし、会計上は国際財務報告基準(IFRS)とほぼ同様の収益認識ルールが導入されたため、税務上の売上高や計上時期と会計上の売上高や計上時期が乖離する可能性があります。税務基準の決算書を基に買収後に見込んでいた売上高や利益が、会計上認められない、ということも起これますので、最新の会計基準に基づいた財務デューデリジェンスが望まれます。

まとめ

今回は税務基準で作成された財務諸表について、財務デューデリジェンスを実施する際の主な論点を具体的に解説してきました。税務基準で作成された多くの財務諸表は、買収を検討する際に使用する情報としては企業実態を適切に表現しておらず、修正が必要となります。

適切な会計基準により財務諸表の修正を行い、修正後の純資産を計算すると、買収後ののれんの金額も変わってきます。そのため、財務デューデリジェンスの結果次第では、買収の意思決定に大きな影響を及ぼすこともあります。また、財務デューデリジェンスの結果、純資産の修正が想定よりも大きかった場合、売り手とバリュエーションについての再交渉を行うといった対応が必要となるケースがあります。

以上のように税務基準で作成された財務諸表には、大きな修正が入る可能性が高く、M&Aのプロセス上も重大な影響があります。頼れる専門家の財務デューデリジェンスを受けることにより、M&Aのリスクを包括的に認識し、正しい買収の意思決定を行うことが何よりも大切です。

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